12月, 2015年

2016 春号「版画芸術」多摩美術大学版画専攻卒業制作展への記事

2015-12-25

「たまはん」の時間と空間とは

多摩美術大学版画専攻の学生たちと時間を共有する何年かが過ぎた、私が一人の画家として
作家を目指す学生たちに提案した基礎実技は、受験の桎梏自縛から自らを解放し、それぞれの
ネイティブな感性に出会い、自立した表現者として立つ道筋を探り当てることを目標と定めた。

まずは学生達の脱力を目指して現代コンテンポラリーダンスの有能な踊り手の一人である上村
なおかさんにお願いし「からだ」のワークショップと生きたダンスによる「ムーヴィング」の授業を中心
に据えてカリキュラムを編成してきた。

実は平面に絵画空間を成り立たそうとするときに突き当たる我々の視覚世界は一筋縄ではいか
ない様々な矛盾と錯覚、錯誤の中にありそれは、はるか昔洞窟絵画を描いてきた先人以来重要な
絵画表現上の課題であった。この課題には受験時代に教えられ獲得した一元的な絵画技術では
たどり着く事が出来ないのである。まずはそれに気付き、様々なカリキュラムに触れる中で「視る」
「描く」の行為を通じての思考実験や、表現、創造の実践の場として絵画・版画を制作する事の提案
であった。

一個の表現者として自己表現のドグマに迷い込むことなく
制作にとりくみ、様々な造型上の課題に目の前に存在する平面と向き合いながらそれぞれが欲する
絵画空間の中にそれらを据え自問自答することを中心にして欲しいと考えた。

もとより「版画」と言い「版表現」という絵画世界は特殊な表現を除けば平面上のミクロ単位の
厚みしかない世界であり水性木版であれば紙の繊維に潜り込んで留まった顔料や染料のことで
あろうし、リトグラフであれば表面と同化した表面そのもので、インクのテクスチャーとしての
インパストを残す銅版といえども指の腹で僅かに認識出来る程度のものである。

制作には必ず版を媒介する為に絵画の様々な要素を分析、分解する高い思考能力とともに
表面に出現するに違いない僅かな差異をも見逃さずに感受する繊細な感性が求められる。また
それを研ぎすます中で自らの表現に至る独自の技術体系への工夫が求められるだろう。これを
学生たちは四年ないしは六年という限られた時間の中で獲得して行くのである。

学生たちは様々な事が待ち受ける実人生にこれから乗り出す、その中で創作の現場から
離れる者もあるだろう、しかしこの空間と時間、いわば真空の学びの中で過ごし、友に出会い自らを
見つめ切瑳琢磨した何年かは自らの内側に畳み込まれ記憶されるだろう。またあるものたちは
自ら生み出した表現に磨きをかけ、あるいはあらたな展開を遂げ優れた表現者となり我々の前に
たち現れるだろう。

何れにしてもこの閉塞した時代の空気を切り裂く表現者の何人かがこの場と時間を共有した
ものたちの中から出てくるのを待ちたい。

 

多摩美術大学絵画科版画専攻教授 小林裕児

宮沢賢治「土神と狐」よみ語りの会上演記録

2015-12-15

2015年12月12日 山の上ギャラリー小林裕児展会場

宮沢賢治「土神と狐」よみ語りの会上演記録

企画 小林裕児

さく宮沢賢治

演出 広田淳一

音楽 齋藤 徹

出損 内田 慈

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齋藤徹氏ブログより再録

山の上ギャラリーでの「土神と狐」終了しました。
前回はずいぶん前に小林裕児さんとLIVEペインティングの会をやりました。今回は内田慈さん
(女優)広田淳一さん(演出)と宮沢賢治作「土神と狐」の読 み語りの会でした。巨大なガラス窓
の向こうは森リスが走り回っています。賢治さんの舞台としては理想的です。ギャラリーは古民
家を改造し、床の木も特別 仕様になっていてすべてが美術作品のようです。木の響きが本当に
美しい。プレーンガット弦がピッチカートもアルコもこの上なく美しく響きます。

到着早々12:00過ぎより通し稽古。前日21:00過ぎまで稽古していたので、そのまま続いている
感じですが、小林裕児さんの多くの新作が飾ってあり、 自然環境がまったく違い慈さんもメイク
をばっちり仕上げています。
いきおい、軽く通すつもりでしたが、キッチリと全部通しました。
裕児さんは創作意欲がますます旺盛になっているようで「マジスゲー」です。本当の天職なので
しょう。絵を描くことが生活のほとんど全てという生活を30年以上続けていらっしゃるとのこと。
振りかえって私は事務ばかりしています。なけなしの才がなくなってしまう〜〜。猛省。

満席の客席。「こうやって耳から聞くと、賢治さんの物語が全く違うように聞こえました」とか
「やっと意味が分かりました」とか「違う解釈をしていました」 「泣けて泣けてしかた
ありませんでした。」「最初は土神が可哀想で泣けて、今度は狐が可哀想で泣けて」など感想が
聞かれました。
慈さんは稽古当初「朗読会」のようになるのか、と思っていたそうですが、稽古が
進むにつれ、それでは違うと思い、全て暗記し、演技をつけ、完全な一人芝居 (with音楽)に
仕上げました。その熱意は称讃されるべきです。芝居用に書かれていない短編小説を全部
覚えたのですからたいしたものです。私もだんだん 慈さんの呼吸を把握できるようになり、
合間合間に即興的に音をつけることもできるようになりました。劇団「太虛」での10年間の経験が
役に立っているのか もしれませんね。

美人女優さんが演じるのですから「樺の木」中心になるかと思いきや、樺の木はだんだん重要で
はなくなり土神と狐の心象風景が物語の軸になりました。単なる 三角関係の嫉妬の話から進ん
で、土神と狐が同一人物の二面性かもしれない、さらには、土神と狐が誰かに「殺されたい」
という競争を繰り広げているのかも、 とさえ解釈が進みました。
矛盾だらけの思惑・暴力・殺・死
・愛などが自然の中で繰り広げられ、そのまま重く暗く突き放すのではなく、森で起こ
った寓話として昇華すべく音楽を考えました。さもなくば辛くてしかたありません。
最初の長調の曲を最後にも配しある種の「救い」を提示しました。

広田さんの明晰な分析、慈さんの柔軟な対応・体当たりの演技が実を結びました。
ヨカッタヨカッタです。若いってすばらしい、はい、ジジイの嫉妬です。

来年1月15日東中野ポレポレ坐で再演が決定しました。

山の上ギャラリーが大船だったので、厚木で投宿。これから東名高速道路を西へ向かって
「うたをさがしてトリオツアー」
へ出かけます。とても良い形でスタートできる幸せ!

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