2014 第91回春陽展出品予定作品「甦りの木」パネル/テンペラ・油彩/273×350cm 制作過程
1 2/28 今年は大雪の際のぎっくり腰のせいでほとんど動けない日が続き描きだしが大幅に遅れてしまった、
この日漸く構図も決まり出発。
モティーフは昨年訪れたポーランド、クラコウ郊外ヴィエルチリの大きな塩の鉱山とした、
すでに昨年2013年の個展でP25「地下の森」として発表した作品を発展させたものとしたいと考えている、
かなり思い切ったアッパーなアングルに正面性の強いモチーフを置き、上に向かい閉じた空間を表現したい。
参考 2013年制作「地下の森」P25テンペラ・油彩/パネル
2 3/2 ニードルであたりの線を入れ下地表面を250番のヤスリで平らにする。
3 3/5 下地のイエローオーカーを置いてみる、全体のトーンを土の色のオーカーと緑土(テルベルト)で支配し、
甦る木の生命の力を暗示したい。
4 3/7 暖かみのある闇をめざしてテンペラのマルーン絵具を作り置いてみた、
5 3/11 A この日までにマルーンの上にWN.社の油彩で染料系のプルシアンブルーを塗り重ねてみた、
下地との響きはおおむね良好。
6 B マツダのテルベルトでテンペラ絵具を作り下地のトーンを置いてみている。
7 3/15 重大なイメージの変更を行った。どうしたことか閉鎖空間に耐えられなくなり
当初予定していなかった植物を背景に 描きこむことにした。
かっちりと構築された奥行の空間はやや後退したが有機的な植物を取り込むアイデアでぼんやりとした主題の輪郭が
少し見えてきた、と同時に酸欠から解放されどんどん絵が前に進みだした。
8 3/21 作品の方向性が見えてきたところで人物にとりくむ、真ん中に人工的な光源を置き
その中心に「甦りの木」を置く。
光との位置取りや人物相互の大きさにかなり無理もあるがここは恣意的な表現で突破するつもりだ、
一番光を受ける少女はほぼ下地のままだ、どの様にするかで最後まで頭を悩ませそうだ。
9 3/25 全体に描き込みが進む中で色彩と明暗に関する問題が浮上してきた。
暗さを暖色系の褐色で表現するのが一般的だが
暖色は闇の中に溶け込み実在を消してしまいがちだ。そのせいかバロックの巨匠たちは
極端なまでに明部を強調した のだと思う。しかし印象派以後の色彩のコンセンサスの中にいる僕は
色彩の対比の中で表現したいと考えた。
そこで左端の男とれ前の少年に暗さの中でもしっかりと実在をアッピールできる青としてラピスラズリをテンペラ
絵具で置いてみた。
テーマと重要なかかわりのある空色の卵をやはりラピスラズリで描いてみた。
10 3/26 どうも絵が大きすぎるせいか写真の再現性が良くないので思い切って蛍光灯を消し自然光で撮影してみた、
左上方がやや光るものの案外この方が雰囲気が伝わる。
4/3搬入を見据え詰めの段階に入ってきた。
11 4/1 一応完成、アトリエ風景。
12 完成図「よみがえりの木」
完成と共に「よみがえり」とひらがなに変更、「甦り」「蘇り」「黄泉がえり」と漢字にすると
意味が限定されてしまい主要モティーフである生命の木とそれを取り囲む地下での群像劇空間を
様々な方向へと誘いたいという作者の意図力をそいでしまう恐れがありそうと考えた。
・逆光の中にいるラピスラズリを帯びた少年
ディテール・光を受ける少女、光源を二つ置く試みはウイスコンシンのグリーンベイのホテルで
時差のせいで眠れない夜、目の前の教会を照らす二つのオレンジ色の街灯や電球をモティーフにした
戯曲がヒントになっている。
・タラップから飛び立つ羽の男紫は男から発しているのかあるいは女がまとっているのか。
・静かに降下する羽の女、岩塩鉱の奥深くアンダーグラウンドでは様々なドラマが同時に進行する。
・カントールの舞台のように舞台の外で見守るあるいは舞台をコントロールするかのように
下からの光を受けて見つめるカップルの横顔。
・何故か得意げな猫、音もなく闇を飛び回る梟の対極にいる、なぜか我家のカギの手尻尾の猫は
歩き回る時にトトトトとよい音を出す、最後にこの絵のへそに登場した。
2014年4月「よみがえりの木」一応の完成図を前にして
国立新美術館が出来て以来春陽展でも大作が出品できるようになり毎年大きな作品を出品しています。
僕自身今回で7作目となる大作「よみがえりの木」がこの4月1日に一応の完成を見ました。
大きな作品の制作は身体尺の範囲を超えるため枠の影響を受けにくく描くふりが大きくなります。またなんとなく抱え込んでいる絵画のセオリーからも解放されます。
「絵画」をすることの楽しさに溢れているのです。
創り上げるにあたっては日頃描きためたスケッチも役に立つのですが先ずは場所の設定(舞台)が重要な役割を果たします、大作の1作目から3作目まではそれまでの作品の流れを汲んでかなり抽象的、絵画的な舞台設定で簡単に言えば登場人物たちと背景という造形による対立によって画面がなり立っていたと思います。
しかし4作目で変化が起きました、2010年は春先に大雨があり我家から見える森が水没林となりました、日頃見慣れた景色が水鏡を通じて奥へ奥へと連なって見えたのです、それを自らの絵画世界に取り込んで擬自然空間とでも言ったらよい奥行を孕んだ「浸水の森」の世界が立ち上がりました。
その後震災の最中に描いた2011「こだま」2012「夜行」2013「谾」といずれもこのような擬自然空間に登場人物たちが包まれた作品となりました。
我家は森の生活で回りは森ばかりですから制作は必然的に森へと向かうことになりました、どの作品も取材は特にせず散歩コースにあるちょっとした景色を画面の要請に従って変容させたものとなりました。登場する者たちは皆わだかまりの中を生きている我々や動物たちで自身が記憶の中から掘り出した様々な記憶の反映ともいえます。
さて今回の「よみがえりの木」です、この作品は今までの作品と少し違う背景の中に描かれているので説明が必要でしょう。実は一昨年「夜行」を描いて以来僕は「夜ないし闇」にとりつかれているのです、当たり前の話ですがもとより新月の闇であれば何も見えないわけですし、色だってほんの少しの光子では人には感じる事は出来ないのです。
しかし昔からこれを我々の先祖はちょっとした約束事で突破して表現して来ました。
例えば歌舞伎では「だんまり」というものがあります闇の中で登場人物たちが手さぐりする様子を見えるように(照明して)演じたりします、これを初めて見たときには何事かと思いましたが歌舞伎ファンは「約束の闇」の中で見る事を実現してしまうのです。
絵画では様々な先輩たちがさまざまな試みをしています。
僕の闇への工夫は暗闇への嗜好を反映して包み込む闇の暖かさとして緑を孕んだマルーンの深い赤とラピスラズリの強烈な青の対比の中で表現してみました。
閉じ込められた閉鎖的な暗闇というよりそこに留まることの出来る不可侵なアジールとでもいう空間です。
昨年の夏はほぼ40年ぶりに仕事ではありましたがヨーロッパに行く機会があり休暇を利用してポーランドのクラコフ郊外にあるヴィエルチカの岩塩鉱山に入りました、はるか13C頃から掘られた鉱山は町の地下深く蟻の巣状に掘り進められ現在は広大な坑道のごく一部が公開されています。18Cにはもうすでに観光が行われていたようでかのゲーテも訪れた記録が残っているとのことでした。坑道の表面はどこも塩の結晶で白く光りそこここにあるニッチにはカソリックの国らしい様々な塩の聖人彫像や塩の教会がありました。坑道を案内人に導かれあちらこちら見物している中、ちょっとした隘路を抜けた先に巨大な空間が現れましたその大きな空間を支える木組みが素晴らしい、そこはメインの道筋から外れていたためか訪れる人もなく照明を浴びた飴色な塩の結晶が白く光りながらがっしりとした木組みを包んでいました。僕はしばし感慨に打たれ暗闇に浮かび上がる古い時代に造られたであろうこの見事な木組みの大空間を眺めていました、ここには地上にあったはずの森をそのまますっかり移した地下の森、その森の中にぽっかりと開けた心地よい広場を感じたのです。
この不思議に暖かい包み込む空間に僕の雑々とした者たちを縦と横の軸、天と地、流れる時間、いわば生と死の境い目に置いてみたかったのです。
この絵を描くにあたっては初期衝動となるもう一つの動機があります。
昨年齋藤徹さんのプロジェクト『オペリータ・うたをさがして』の舞台で使う小道具「石」を制作して欲しいとの依頼がありました、脚本の乾千恵さんは「このくらい」と両手を拡げ色は「黒」とイメージを示しました、千恵さんの本ではクライマックスで砕けると中は銀色とのことでした。
脚本を何度か読み進め実際の舞台(コントラバス/齋藤徹、バイオリン/喜多直毅、バンドネオン/オリビエマヌーリ、ダンス/ジャンサスポータス、歌/松本泰子)を観る中で僕の世界とどこかでカチッと歯車がかみ合ったのです。
千恵さんのメッセージを次に紹介します。
(20年のあいだ胸の奥に棲み続けていた物語が、震災の一年後、不思議な生命力を得て息づき、動きだした。
そして、齋藤徹さんたちの手でオペリータとなって、大きく起ち上がろうとしている。
魂のぬけがらのようになって、さまよい歩く旅人。
自分の家のあった場所に、じっと座り続ける女。
深い悲しみを抱えて生きるこの二人が出会い、語り合う中で、死者も生者も含んだ「よみがえり」への思いが、「うた」となって湧き上がる。
舞台の上から届くその「うた」が、ひかりとなって、あなたの胸に響きますように。)
描き進めているうちに何故か闇の中で時間を逆立てるように木は葉をまとい熱を帯びた「よみがえりの木」が生まれ出てきました。
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