渋川市美術館
「小林裕児展―森と家族の物語」図録 A4版 48ページ
会期 2019年3月9日(土)~5月12日(日)
1 ご挨拶 主催者
2 原田光氏 文
英文
3 会場写真
4作品写真
夢酔1995 182×227㎝ パネル/テンペラ、油彩
「夢酔」から 角田光代氏が創りだした物語(2008年横浜美術館4人が創る「私の美術館」展図録)
命のリレー
おじいさんが枕元に立って、体を貸してくれないかと言ったのは、ぼくが二十歳になった夏の日だった。おじいさんは、ぼくが三歳のときに亡くなっている。だから彼に対してほとんど記憶がない。十日かそこらでいいんだ、あとはちゃんと返すから。おじいさんはそう言って、にへら、と笑った。断らなかったのは、十日くらいかまわないと思ったからだ。
次の日にはその了解をすぐ後悔した。おじいさんに体は貸したけれど、ぜんぶのっとられたわけじゃないから、意識の二分の一はぼくのものだ。残りの二分の一の意志で、おじいさんは好きなように体を動かす。それが、やることといったらどうしようもないことばかり。昼前から開いている立ち飲み屋で夕方まで酒を飲む。酔っぱらって成人映画を観に行く。観終わると焼鳥屋でまた酒。だれかれかまわず話しかけるし、きれいな女性がいるとすぐにちょっかいを出す。体を貸してくれと言うのだから、何かやり残したことがあるのだとばかり思っていた。ぼけかけたおばあちゃんに愛をささやきにいくとかさ。どこかに隠したお宝の在処をぼくらに教えてくれるとかさ。人類に永久平和の道を教えるとかさ。でも、違った。おじいちゃんがやるのはただ、酒を飲むこと、突然歌い出すこと、へべれけになって道路に寝っころがること、他人にちょっかいを出すこと、意味もなく笑うこと。ぼくは恥ずかしかった。こんなことをしているのはおじいさんで、本当のぼくはもっとまともな人間なんだと、すれ違う人すべてに叫びたいほどだった。
十日間が過ぎると、おじいさんは案外あっけなく、ありがとよ、と言い残して去っていった。自分の意志でなく飲み続けた酒のせいで、慢性的な二日酔い状態のぼくは、なんだかほっとして去っていくおじいさんを見送った。
あれから何年たったのか、そんなことも思い出せない。自分の年がいくつなのか、それさえもわからないのだ。わかるのは、もうじきぼくもこの世を旅立つということ。そんなときになってようやく、ぼくはあのときのおじいさんのことを理解する。本当に、生きることのよろこびって、そんなもんなんだ。他人から見たらちっぽけで、馬鹿馬鹿しくすらあること。酒を飲むこと、歌うこと、笑うこと、見知らぬ人と会話すること、道路に寝転がって夜空を見ること、二日酔いに顔をしかめること・・・。
そんなことだけ繰り返して、こんな年になってしまった。そうして今思うのだ。何も体を貸さなくたって、おじいさんはぼくの内にいたんじゃないか、と。おじいさんだけじゃない、両親も、おばあさんも、会ったこともないおじいさんたちの両親も、さらにそのまた両親、なんの偉業をすることもなく、悪を撲滅することもなく、ちっぽけな日々を過ごしてきた彼らは、脈々といのちのリレーをしてぼくにたどり着き、ぼくの内に少しずつ生きていたのではないか。
だから泣かなくていいんだ。ぼくは、ベッドサイドに立つ娘や息子や、孫たちになんとか伝えようとする。だから泣かなくていいんだよ、ぼくだって、これから君らの内に居続けるのだから。もしかしたら、体を借りにひょっこりいくかもしれないのだから。だから泣かなくていいんだ。声にならない声で、ぼくは言う。
角田光代 小説家『対岸の彼女』で第132回直木三十五賞受賞『八日目の蝉』など著書多数
あるとき 2006 197×470㎝ 故紙/アクリリック
ドローイング「ある時」から広田淳一氏が創りだした物語
「もういってしまうの?」
と聞くと、わたしの二人のかわいい娘は、鼓笛隊の先頭の二人みたいにまっすぐ横に並んでちょこんと頭を下げる。何度聞いても答えは変らない。いってしまう。いってしまうの。小さな目には意思がきらめいていて、その口にはニヤけたところがまるでなくて、どんなにわたしが頼んだってこの子たちには聞こえない。もうそんな時が来たのかしら?
二人の後ろには人さらいが一人ずつ立っていて、真っ黒い肌がぬらぬら光っている男と、豹の斑(まだら)のセーターを着た男。二人は恐ろしく背が高くて、娘たちの頭のてっぺんなんて二人の膝にすら達しない。あんな腕で抱きしめられたってちっともやさしくないだろうに。あんな顔でほお擦りされたってトカゲにほお擦りされている気分だろうに。
「一生会えないと決まったわけじゃないんです。ナニ、しばらくの間お預かりするだけですよ」
人さらいたちは娘の肩を撫でたり擦ったり、首に腕を巻きつけたり、鼻先を舐めたりくちびるをしゃぶったり、とにかく、ちっとも真面目じゃない。何より腹立たしいのはそんなことをされてもわたしの娘たちが嫌がるそぶりも見せず、どこか誇らしげな顔をしてまっすぐな目をこちらに向けている、そのこと。
「行ってきます」
と二人はお芝居みたいに声を揃えて足を踏み鳴らす。元気のいい声。かわいらしい声。わたしが教えた挨拶を、これからは毎晩、毎朝、見知らぬ男たちに捧げるのだ。
「行ってきます」
と、もう一度二人が声を揃えると、元気のいい声がわたしの家全体をゆすぶって、窓は砕けて弾けとぶ。ひびが入ってしまったあの壁は、二人が何度でも落書きをして、わたしが何度でもまっ白にしてあげるキャンバスだったのに。壁が決壊すると、大量の水が流れ込み、家は丸ごとダムに飛び込む。もういってしまうの? 部屋には水の粒子がいっぱい飛び交って、小さな虹が架かる。もういってしまうの? 返事は変らない。馬のいななきが部屋を切り裂くと人さらいの手足はみるみる伸びて、先端が蹄(ひづめ)になる。黒い男は漆黒の名馬に、斑の男はよれよれの駄馬に。馬はバシャバシャ床を叩きながら、それぞれ娘の耳たぶを噛んで頭から振り回し、ひらりと背中に跨らせる。沈んでいくわたしの家。わたしと娘たちの家。娘を乗せた馬はありもしない階段を駆け登って空を飛び、わたしは上へ上へと手を伸ばす。何度届いても、何度でもすり抜ける。わたしの腕を、娘と娘がすり抜ける。
広田淳一 劇作家、演出家 劇団アマヤドリ主宰
朱い場所 2008 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩
- 小林裕児のキャラクターたち
ⅰ舟
花園へ 99×139㎝ 2018マンベツ族のタパ/アクリル油彩
空舟2017 12F 60.6×50cm パネル/テンペラ油彩
ⅱ 頭上の家、双子、羽を付けた男
ポーランド風の小さな家Ⅲ 2017 F10 53×45.5㎝ パネル/テンペラ油彩
おおあらせいとうの咲くⅡ 2018 F50 91×116.7㎝ パネル/テンペラ油彩
小さな樫の木 F80112×145㎝ パネルに古裂/アクリリック
舟と人 2013 F80 112×145.5cm パネル/テンペラ油彩
ⅲ 記憶の中の動物たち(馬、山羊、梟、白鳥、猫)
田園の秘密 2018 F25 80.3×65.2㎝ パネル/テンペラ油彩
梟といる 2017 F8 38×45.5cm パネル/テンペラ油彩
大作
浸水の森 2010 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩 CD付
こだま 2011 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩
よみがえりの木 2013 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩
よみがえりの花が咲く ことば 乾千恵 作曲 齋藤徹
よみがえりの花が 咲く
よみがえりの花が 咲く
かなたからとどく香りに
さそわれて 踊りだす
よみがえりの花が 咲く
よみがえりの花が 咲く
露にぬれた 花びらの色
心は 歌いだす
よみがえりの花が 散る
よみがえりの花が 散る
黒い実を結び 風に散る
私の心は 闇の中
残された 黒い実は
残された 黒い実は
かじると固くて 石のよう
苦くて苦くて 涙がにじむ
苦い実は 種になり
苦い実は 種になり
土から出てきた芽は
ゆっくりと 伸びてゆく
おまえとともに生きよう
おまえとともに生きよう
つぼみをつけるまで
日ざしの中 花ひらくまで
悲しみは 尽きないけれど
虚しさも 絶えないけれど
やさしいひかりは さしてくる
このいのち あるかぎり
よみがえりの花が咲く
よみがえりの花が咲く
あなたの中に 私の中に
よみがえりの花が 咲く
帰去来 2016 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩
帰去来 森 住子
ある海沿いの小さな町に男は生まれました。男が少年時代を終わる頃、一家は美しい自然に恵まれた町を離れて都会へ移住しました。当時都会は活況に沸いていてその男の一家は仕事を求めていたのです。やがて男は成人し、都会での暮らしに馴れ、それなりの仕事を得て30年の歳月が過ぎました。活況が過ぎ去った中でも、男は期待に添うべく熱心に働くうちに、いつしか病を得てしまいました。そして男の歩みはとまりました。
何をする気にもなれず、ただただ鬱々と日を過ごすうちに、あの生まれ育った町をもう一度見てみたくなったのです。
懐かしい風景はそのままにありました。
穏やかな入江に小さな島があり、砂浜に人影はなく遠く外海に向かって一艘の船が走っているばかりでした。浜辺に置かれた古いボートに座って海風に吹かれていると、それまでの生活で疲弊した体がしぜんにほぐれ心地よい眠気に襲われました。
どのくらいたったのでしょう、男が目覚めるとあたり一面夕日が射しこみ、何故か船は丘の上にあって空も海もただただ赤く染まっていたのです。
遠く見える砂浜に何人もの若者が集い、キャンプでもしているのか舟に乗ったり、輪になって踊ったりしていました。少し離れたところで誰かが火を起し旧式のバイクに乗って遊んでいるのも見えました。それは懐かしい自分自身の若い頃の一場面だと男は気付きました。ボート近くには、妹たちが子供のままの姿でたたずんでおりました。
男が驚いて立ち上がろうとすると、前方に赤く輝く玉がふわふわと漂っているのが見えました。はっとしてその方向をよく見ると、暗い木の影に若い日そのままの母が立っているではありませんか。男はいよいよあわてて舟から下りようとしましたが、何故か船はゆらゆらと揺れ地面から浮きあがったのです。舟は男がまだ赤子だった頃の若い母に背負われていたのでした。そして母が言うには、男を背負って入江に浮かぶ島まで連れて行くというのです。その島には小さなお宮があり毎年一度だけ祭りのときに渡ることを許されていました。あれは秋のことだったか、其れとも春だったのかと思いをめぐらせても、男には思い出すことが出来ませんでした。その時、夕日に浮かび上がる島の上空に厳しい冬を越えて北へと戻る白鳥の群れが見えました。
男には全てが納得できました。自分は母の背負う舟に揺られて島に渡り再び飛び立つ力を得るのだろうと。そして揺れる舟のなすがままにふたたび目を閉じました。男は気付いていませんでしたが、背中にはすでに白く力強い翼が生え始めていたのです。そして、母に背負われた男の耳には、若い母が読む一つの詩が呪文のように、祈りのように絶え間なく聞こえていました。
夕星は(ゆうずつは)
かがやく朝が 八方に散らしたものを
みな もとへ 連れかえす
羊をかへし 山羊をかへし
幼な子を また母の手に連れかへす(サッフォー(サッポー)作 呉 茂一訳
凱風遠音 2018 274×350㎝ パネル/テンペラ油彩
凱風遠音 森 住子
いつの時代かわかりませんが、生き辛さから逃れて一組の若い夫婦が舟に乗って川を遡り美しく開けた村里にたどり着きました。二人は川のふちに小さな家を建て山羊を飼いみかんを植えてささやかな生活をはじめました。やがて可愛い女の子も生まれ、幸せな日々を送っておりました。しかし女の子が成長するにつれ、あの苦しい思いをした外界へ娘が飛び立つことを恐れずにはいられませんでした。そこで山に住む精霊に頼んで女の子が持つに違いない「夢」を青い鳥に変え籠の中に閉じ込めてしまいました。また女の子の頭上に家族の楽しい思い出だけが詰まった小さな家を乗せ成長しすぎないようにと重石にしました。
それから十年あまりが過ぎたある日、空高く帆を張った船が風にのってやって来ました。舟には黒い服の男が乗りキラキラと輝く光の球を女の子めがけて投げ落としたのです。
その瞬間、青い鳥の入った鳥かごの蓋は開き、女の子の頭上の家がかすかに浮き上がったのです。
母親はあわてて手を差し伸べ、父は、不安の中に沈み込みました。
翌日は素晴らしい天気で、心地よい風が吹いていました。秋真っ盛りでした。
ツヤツヤと光った黒毛の馬にまたがってすっかり大人びた少女が出発の時を迎えていました。少女はじっと前を見据えて一つの詩を歌いました。
「わたしを束ねないで」 新川和江
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください 私は稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃(はばた)き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注(つ)がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
若い潮 ふちのない水
わたしを名付けないでください
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
わたしを区切らないで
,コンマや・ピリオドいくつかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩
そこで私は目を覚ましました。
少々疲れた私の体に、一瞬風が通ったようでもあり、少し前の私を思って心が揺らいだようにも思えました。
- 須田真理氏 文
英文
- 展示作品目録
- 掲載作品目録
- 小林裕児略歴
1948年 東京生まれ
1974年 東京藝術大学大学院修了
1987年 春陽展賞受賞、この年よりギャラリー椿の各年個展を中心に全国各地の
ギャラリー、髙島屋、三越等の百貨店で個展を開催すると共に国内外の様々なグループ展に参加
1992年 山の上ギャラリ-個展 以後現在まで度々開催
1994年 HOPPER HOUSE(アメリカ)個展
1996年 第39回安井賞受賞
2002年 第24回日本秀作美術展、安井賞40年の軌跡展
2007、2012、2015、2017年北京ビエンナーレ
2014年 ポーランド国立Lodz美術大学個展
2015年 ピョンチャンビエンナーレ、多摩美術大学退任展
2017年 蔵と現代美術展 (株)ヤマトギャラリーホール個展
1999年からはライブペインティングを中心に様々な音楽家、舞踏家、演劇人とのコラボレーションを展開中
一般社団法人春陽会会員
日本美術家連盟委員 多摩美術大学客員教授
コレクション
横浜美術館、新潟県立美術館、佐久市立近代美術館、黒部市美術館、オペラシテイ美術館 北京ビエンナーレ組織委員会、光州市美術館、宮崎県立美術館、多摩美術大学 青山学院女子短期大学、明星大学、大田原市、あきる野市、
社会福祉法人新生会、株式会社ヤマト、山の上ギャラリー等
- 奥付
「小林裕児展―森と家族の物語」
発行:渋川市美術館
発行日:2019年3月30日
印刷:
作品写真:酒井 猛 会場写真:
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