Archive for the ‘Essays’ Category

「新生」第39巻夏号「論壇」小林裕児記事

2016-07-11

見ること眺めること        小林裕児 画家

 

今年になって数年の間勤めていた大学が定年になり元の絵描きに戻りました、およそ勤め人の生活とは
縁のない暮らしだったので社会生活とはどのようなものか、少し頓珍漢な対応もあったようなのですが何とか
勤め上げることができました。

さて絵描きの暮らしですが森に囲まれた我が家を中心に半径一キロ、高低差百メートル程の範囲をウロウロ
しているのです。ジーベルニーに自分の絵画制作用の庭を造ってしまったモネほどではありませんが山あり
森あり田畑ありといった日本中どこにでもある平凡だけれど豊かな里山の匂い、景色が広がっています。
ちょっとした谷間や何気なく生えている小さな木、水を張った田の水鏡に映った小さな森といった具合です。
僕の絵の背景はそんなところから得ることができるのです。

そんな僕の絵なのですがこのごろよく不思議な絵だとか、一体どのように発想しているのかと聞かれます。

最初に舞台装置、その後で絵の中の舞台に上がるべき想像上の様々な葛藤を抱えた人や動物たちを記憶の
引き出しの中から画面に呼びだすのです。一見脈絡のないもの同士のようにも見えますが彼らは絵の中で僕の
意思を無視するように自分たちのドラマを演じ始めるのです。

これには一つの体験が背景にあります。若い頃明るい森の雑木山の中で落ち葉に埋もれて寝ている老人に出

会いました、促されて僕も寝てみたことがあります。背中を直接ひんやりとした地面に接し落ち葉のカサカサとした
暖かい布団に包まれると、思ってもいない感覚が訪れ、自然の風貌が大きく変容したのです。見る位置によって
風景が変貌するだけでなく、気配を消した僕の前に初めて見る小さな鳥が現れ耳元まで寄って来たのです。
森の本当の営みが僕の前に出現しました。以来僕の絵は、上から見たり下から横から正面からと自在な視点が
入り込み、僕が描いたにもかかわらず勝手に動き出す人や動物たちと対話をしながら描くというようになりました。
一方画面の外の少し離れたところにもう一人の自分がいて、絵を描く自分を眺めているといったちぐはぐな感じを
いつも持っています。

「眺める」について思い出すことがあります。まだ美術も音楽も舞踊も演劇も一体だったはるか昔、旧石器時代の
ショーベケーブの洞窟絵画のことです。おそらく洞窟では季節的に訪れる狩猟の成功を祈ってシャーマンの下、
松明の明かりを頼りに皆一体になって祈り、踊り、歌い、絵を描いたのでしょう、それを眺める者はいませんでした。
そんな昔のジャンルなんかない表現行為が今あるような形になったのはいつからでしょう。

ずいぶん昔に素晴らしい一冊の本との出会いがありました、J・Eハリソン「古代芸術と祭式」(筑摩学芸文庫)で
古代ギリシアの春踊りから演劇が分離される様子を生き生きと再現していました。おおざっぱに言いますと、豊穣を
祈る毎年の春踊りの輪から抜けだした人物がいて、踊りの輪を外から眺めた時にそれは始まっただろうというのです、
つまり批評的な鑑賞者がいて初めて(見る―見られる)の関係が成り立ったというのです。目からうろこといいますか、
それまで漠然と思っていた僕のような表現者の立ち位置が明らかになったのです。

新生会の施設にはたくさんの絵画や彫刻が置かれています。表現者(見られる)と、それを眺める人(見る)の間に日々
何かの関係が生まれる時、それこそが芸術が生まれてくる場となります。

見られ鑑賞されることによって、絵は絵になるのではないかと思います。

創り出された作品が見る人たちの広場となるような絵でありたいと

僕は願っているのです。

 

6月10日 朝日ぐんま掲載記事

2016-06-11

tenrankai2016

2016/6月8日 毎日新聞群馬版

2016-06-10

tenrankai2016_2

2016春陽展「帰去来」を改作しました。2016年5月18日

2016-05-18

『帰去来』を春陽展会場で眺めていたらアトリエでは気が付かなかった事

が気になってきた。

どうも水の色が明るすぎたせいか画面の一体感が損なわれているようなのだ

制作途中でも気になり数回に分け淡く朱をかけてみたのだがやはり会場の大

空間の中で見ると上下に分かれてしまい「空」「水」という言葉に近いイメ

ージが前に押し出され「島」「舟」の第一に考えていたモティーフが弱まっ

てしまうようなのだ。

そこで思い切って「水」部分にも「空」同様にバーミリオンを施した。

kikyorai-600

佐賀新聞掲載記事

2016-05-18

img093

いと高き丘の上で (「たまびNEWS」への原稿)

2016-05-18

いと高き丘の上で  

橋本駅から学生に交じって30分程の道のりをよく歩いた。
橋本駅方面から眺めると境川の深い谷を挟んで久保が谷戸トンネルのはるか先、
丘の上に標高150メートルの多摩美の建物がかすかに望めた、歩くのが遅い大汗の僕を
後目に健脚の学生たちがどんどん追い抜いて行く・・広大な学内はさらに険しくまるで
山城、定年坂と呼ばれる急登を超えて森の中、絵画北棟に漸くたどり着く、学生の
アンケートに坂を何とかして欲しいと云うのが幾つもあった。しかしというかだからこそ
学内に肥満児が少ないのも事実?だろう。

とまれ版画科での授業はゼミ形式で組まれたきわめて実践的かつ専門性が高い濃密
なもので、学生たちがアルプスのピークアタッカーのように苦労して登頂した末に味わう
爽快感は格別なものだろう。

僕の在任中にも何人もの学生がこのたぐいまれなちょっともやもやした環境の中から
汗をかきかき試行錯誤、もがきながら新たな恐るべき表現者として飛躍を遂げていった。

もはや彼らは良きライバルである、健脚の彼らに後れを取らぬようにと思う。

小林 裕児(2016年3月まで版画科教授を経て現在客員教授)

―ギャラリー椿35周年と古希を祝う―展覧会

2016-05-18

「GALLERY TSUBAKI REUNION」

―ギャラリー椿35周年と古希を祝う―展覧会

 

氏名 小林 裕児 KOBAYASHI YUJ

 

出品作品の画題 「光る舟」F6 パネル/テンペラ、油彩

 

略歴

小林裕児 1948年東京生、あやしい美術家

東京藝術大学油画科大学院修了、1989年にそれまでの細密な画風を線と色彩による大胆、
自由な画風に転換、96年「夢酔」で第39回安井賞を受賞。現在、ギャラリー椿を起点に国内外
で多数の個展、グループ展を行うほか、1999年にスタートしたライブパフォーマンスでは観客と
ともにある美術の新しい楽しみ方を国内外の音楽家、ダンサー、演劇人と展開。

一般社団法人春陽会会員、多摩美術大学教授を経て現在同大学客員教授、

 

エッセイ

私のギャラリー椿での個展をふり返ってみると1997年以来ほぼ隔年に開催されて四半世紀になります、
山あり谷あり世の中も私も椿原さんもギャラリーも外形は変化したかもしれないけれど、只々積み重なれて
きた展覧会という広場はずっと変わらずそこにありました。

いやそれどころか、その場は鑑賞者と表現者を結ぶ新しく多様な表現を生み続けそのたびに驚きを持って
それを受け入れ輝き続けました、箱が箱を超えた素晴らしい楽器になり何かもやもやとした妖しい時空間
として存在し続けてきたのです。

93回春陽展 「帰去来」(仮題)制作過程

2016-03-01

R0013394
2/16 パネル完成 273cm×350cm

R0013397
study 1 コットン紙に木炭

 

R0013399
study 2 コットン紙に木炭

 

R0013398
study 3 コットン紙に木炭、パステル

 

R0013396
study 4 コットン紙に木炭、パステル

 

R0013434
2月26日 木炭による下描き

 

R0013433
2月28日下図完成

R0013435
3月1日 下塗り開始

w303kikyorai
3月3日 全体の構想に従って下塗りを開始する。

 

w305kikyorai
3月5日 植物イメージを優先して制作を進める。

 

w309kikyorai
3月9日 空の色をヴァーミリオンとするため一挙に空を塗り込める。

 

w314kikyorai
3月14日 細部にこだわりながら制作を進める。クロスハッチングを多用してディテールの
密度感を追求する。今までにあまり使っていない赤系統の色彩を追求する。
(ライトレッド・新しいカーマインを使用)

 

w319kikyorai
3月19日 描き進める中で様々な試行錯誤の中での発見があり新たな楽しみを見出す。

 

w326kikyorai
3月26日 今までになく光を意識したために明暗が重要なモチーフとなり顔の表現に苦労する。

 

w329kikyorai
3月29日 完成に近づきつつありこまごまとした細部のアイデアが登場する。
最下部の放置していた静物に子供のおもちゃを描き込むことにした。煙をはく青色のロボット、
ブリキのハーレーダビットソンや対になったバイク、舟などである。
登場する者たちは私の朱色の世界の中で対になることを求められる。手前から奥へ
奥から手前へ交互に行き来しながら「帰去来」を実現して行く。

 

kannseizukikyorai

R0013472

kikyorai331Le

kikyorai331Ld

kikyorai331Lc
3月31日「帰去来」一応の完成
「帰去来の辞」は、陶淵明の詩、「帰去来兮」を「かへりなんいざ」と訳したの
は菅原道真だがこの絵を構想した時にこの言葉から始めた。しかしながら初期衝
動はある日学校からの帰りの電車、西の空が見事に焼けていてふと見ると誰もが
西の空に顔を向け呆然と眺めていた、その刹那に浮かんだ言葉がこれであった。
そんな訳で僕の絵では本来の詩の内容からは大きく逸脱、時に丘を越えてカヤック
を運んだというネイティブアメリカンの話(バイダルカ)をベースに様々な記憶や
引用を埋め込みながら自由に作画した。

 

93回春陽展 展賞委員会報告(文責 小林裕児) 

4月12日第93回春陽展会場において展示終了後中川一政賞、岡鹿之助賞、損保ジャパン
美術財団奨励賞の審査が会に選任された審査員により行われました。

選考委員は絵画部(東 直樹、入江観、大石洋二郎、小林裕児、武田百合子、三浦明範)
版画部(大久保澄子、柴田昌一、清水美三子、渡辺達正)

中川賞、岡賞については投票により、損保ジャパン賞については話し合いの上決定されました。

 

畠山昌子氏 中川一政賞授賞理由

19世紀後半西洋絵画に印象派が出現して以来生活空間の中の『光』はプリズムを通して分光され、
散光され光はゲーテやニュートンのいわば『科学』の光になりました。画家達はこれを前提に様々な
問題意識のもとで光や色彩に思考を巡らし多様な絵画を生み出してきました。まさに百花撩乱、
絵画造形上の課題はすべて汲み尽くされたかのようにも見受けられます。
しかし、と畠山昌子氏は考えたに違いありません、あるいはある時偶然出会って発見したそのかも
知れません、光の射すほうを見上げてみると木漏れ日の隙間に光と陰のえもいわれぬ詩的ともいえる
リズムがありそれは自身の絵画世界に取り込む事が出来るに違いないと。
畠山氏の絵画世界には元々独自の魅力ある超密なテクスチュアを持つ画面がありました、そこに分光
されない光の実在としての白光と焦点を曖昧にされた葉陰を思わせる緑土色による緊張感に満ちた
絵画世界が展開されるようになりました。
春陽展を始め個展などで展開された作品は会の内外から高く評価されて来ました、しかしそこに留まらず
近年視線を水平方向に落とし遠い光源から浅く反射する光の包囲の実相が作り出す奥行きの表現に
たどり着いて来ました。ちょうど河原で平らな石を見つけ光に向かいツツツと水切りが成功しているその
先から光がある実体として逆照射してくるような爽快さでしょうか、何処までも転がる石はいつの間にか
光の中に吸い込まれ白光となって返って来るのです。

今年の春陽展では更に横長の画面一杯に水、光、森の深く淡いこの惑星という思いを込めた絵画世界が
印象派からの呪縛を超えた高い次元の完成度を持って低く静かに観る者に迫ります。

選考委員会は畠山昌子氏の出品作『on the planet 2016-01』を第93回春陽展中川一政賞といたしました。

 

川野美華氏 第93回春陽展 損保ジャパン美術財団奨励賞授賞理由

出品作「賢い乙女と愚かな乙女」S100号 油彩

第2次世界大戦後、未曾有の惨劇を経て抽象表現主義をはじめとしたさまざまな表現主義的芸術運動が
同時多発的に世界中で顕われました。

各人主義を標榜する春陽会でも例外ではなくさまざまな実験的な表現が試された歴史があります。
しかし近年では各々の造形思考に基づく表現の中で徐々に自己形成してゆく作風が主流になってきているように
見受けられます。

そのような中で突如強烈な表現を引っさげ川野美華氏が現れました、穏やかな中間的暖色の平面構成の中に
突如現れる異形のもの達は一体何を語っているのでしょうか。苦いユーモアを持った阿部公房やサミュエルベケット
の登場人物のように川野美華氏の不可解な登場人物達は私達にさまざまな思いを投げかけます。

平面芸術の新たな地平に向け初期衝動と人間表現という創作の原点を強く胚胎したこの作家の今後の展開に大きな
期待を込めこの賞を授与しました。

 

 

 

 

2016/1/2 銀座井上画廊 それぞれの0オープニングパーティー

2016-02-02

2016/1/2 銀座井上画廊
左「白鳥路 B」97×125cm  右「白昼の夢」244×90cm

200a
「浮遊」江戸末期の鹿革の火事場装束断片
/ミックストメディア/山下一三氏制作の額縁付

R0013388200
オープニングパーティーであいさつする野見山暁治氏

R0013389200
オープニングパーティーであいさつする入江観氏
後ろは「遥か」江戸末期の鹿革の火事場装束断片/ミックストメディア/額縁付

R0013393200jpg

2016 春号「版画芸術」多摩美術大学版画専攻卒業制作展への記事

2015-12-25

「たまはん」の時間と空間とは

多摩美術大学版画専攻の学生たちと時間を共有する何年かが過ぎた、私が一人の画家として
作家を目指す学生たちに提案した基礎実技は、受験の桎梏自縛から自らを解放し、それぞれの
ネイティブな感性に出会い、自立した表現者として立つ道筋を探り当てることを目標と定めた。

まずは学生達の脱力を目指して現代コンテンポラリーダンスの有能な踊り手の一人である上村
なおかさんにお願いし「からだ」のワークショップと生きたダンスによる「ムーヴィング」の授業を中心
に据えてカリキュラムを編成してきた。

実は平面に絵画空間を成り立たそうとするときに突き当たる我々の視覚世界は一筋縄ではいか
ない様々な矛盾と錯覚、錯誤の中にありそれは、はるか昔洞窟絵画を描いてきた先人以来重要な
絵画表現上の課題であった。この課題には受験時代に教えられ獲得した一元的な絵画技術では
たどり着く事が出来ないのである。まずはそれに気付き、様々なカリキュラムに触れる中で「視る」
「描く」の行為を通じての思考実験や、表現、創造の実践の場として絵画・版画を制作する事の提案
であった。

一個の表現者として自己表現のドグマに迷い込むことなく
制作にとりくみ、様々な造型上の課題に目の前に存在する平面と向き合いながらそれぞれが欲する
絵画空間の中にそれらを据え自問自答することを中心にして欲しいと考えた。

もとより「版画」と言い「版表現」という絵画世界は特殊な表現を除けば平面上のミクロ単位の
厚みしかない世界であり水性木版であれば紙の繊維に潜り込んで留まった顔料や染料のことで
あろうし、リトグラフであれば表面と同化した表面そのもので、インクのテクスチャーとしての
インパストを残す銅版といえども指の腹で僅かに認識出来る程度のものである。

制作には必ず版を媒介する為に絵画の様々な要素を分析、分解する高い思考能力とともに
表面に出現するに違いない僅かな差異をも見逃さずに感受する繊細な感性が求められる。また
それを研ぎすます中で自らの表現に至る独自の技術体系への工夫が求められるだろう。これを
学生たちは四年ないしは六年という限られた時間の中で獲得して行くのである。

学生たちは様々な事が待ち受ける実人生にこれから乗り出す、その中で創作の現場から
離れる者もあるだろう、しかしこの空間と時間、いわば真空の学びの中で過ごし、友に出会い自らを
見つめ切瑳琢磨した何年かは自らの内側に畳み込まれ記憶されるだろう。またあるものたちは
自ら生み出した表現に磨きをかけ、あるいはあらたな展開を遂げ優れた表現者となり我々の前に
たち現れるだろう。

何れにしてもこの閉塞した時代の空気を切り裂く表現者の何人かがこの場と時間を共有した
ものたちの中から出てくるのを待ちたい。

 

多摩美術大学絵画科版画専攻教授 小林裕児

« Older Entries Newer Entries »

Copyright© 2012 yuji kobayashi All Rights Reserved.

NO COMMERCIAL, PERSONAL, OR ELECTRONIC USE OF ARTWORK IS PERMITTED.