上野動物園のトラの前にしばらくたたずんでいれば、どの男も連れの彼女に向かって「トラとライオンじゃどっちが強いと思う?」と問う。
裕児さんの絵にでてくる動物・植物は、皆、深い叡智を持ち、思慮深く、慈悲深く、哀れなニンゲンを見つめているようです。
小林裕児のパフォーマンスから見えてくる
2010/9/16(土)19:00開演(18:30開場) 会場:ポレポレ坐(東中野) 入場料:予約 3.000円当日3.500円ワンドリンク付き お問い合わせ小林裕児tel.fax 048-582-2484 yuji-kobayashi @nifty.com 早めのご予約をお願いいたします。
絵を描きだしてから40年も経ると、自分の絵について語る機会が多くなり、一見その時々の思いに反応しながら描いてきた絵が、何かしら変わりないあるものを常に抱えていたようにも思うようになりました。その一つが動物です。
出不精なせいか展覧会でもなければ滅多に海外に出ることがなく、東南アジアましてアフリカへは一度も行ったことのない僕なのですが、使い込まれた古布や古紙が好きで1980年代の後半から骨董店やかんかん等に出没、日本やアジア諸国、オセアニアを中心に少しずつ収集、それらの古布や古紙に誘われるように新たなキャンバスとして木炭や黒鉛絵の具などを自製し、自由に絵を描き始めました。
2008年7月、北京ビエンナーレに招待され2005年春陽展出品作「マッチ売りの少女異聞」F130を出品しました。
1948年に東京で生まれ、1974年に東京藝術大学の大学院を修了するという、小林裕児の経歴は、当時の日本の状況から見てもその生活のほとんどが、欧米文化の影響のもとにあったと言える。ゴヤ、ベラスケスの絵画に強く魅かれながら始まった美術学生の生活も、終了間際には、すでに日本の江戸美術へと興味を変えていってはいたが、基本的には、ヨーロッパ美術の技法と造形意識のなかに浸っていた。
最近、やわらかい使いふるしたタバや布和紙素材へのドローイングをたびたび試みている。何か歴史の中に直接縦に入り込んでいくような小さなゆらぎがあるのがうれしい。…
1. 油絵を始めたきっかけは? 17歳の時、あこがれの油彩道具一式を手に入れて近くの庭園を描きました。ごく平凡な文学好きな少年だった僕はそれ以来ずっと描き続けています。